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2011年07月08日 (金) | Edit |

この一年、いろんな思いや子育てに追われ、精神的にも厳しく苦悩の日々でした。
もちろんこれからもですが。
ここで書くことで何かが変わるわけではないけれど、私自身覚えておくために日記として残します。

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一年前の6月13日。次男を出産。
それから3日後に父は医師に「ガン」の宣告をされました。
次男の一ヶ月検診の前日7月12日に入院。
それから4ヶ月の長い病院生活を送ります。
その間、子供達を連れ3日に1度は顔をだし、下の子を抱いてもらっていました。
子供を連れて行くと幾分か表情が穏やかになっていた感じがします。

その後、放射線治療の効果を観察するために退院。
治療の副作用で髪の毛は抜け、味覚がわからなくなりました。
何を食べてもおいしく感じないらしく、一緒に生活していた中で見た事も無い食生活になっていきました。
焼きそばに菓子パン、アイスクリームにジュースetc
それでも食べれていた姿は今思えば幸せに感じます。

その後、腫瘍が残っていることが判明し、サイバーナイフという部分的に放射線を当てる治療を勧められました。
副作用として命の危険もあるけれど、体に負担が一番少ない治療だと。

肺炎にかかり治療前日まで入院したけれど、無事治療を終えました。
治療最終日がちょうど3月11日。震災当日。
車で1時間半かかる病院へ行ったまま連絡が取れず、神経をキリキリさせながらずっと帰りを待ちました。

サイバーナイフの治療を治療を終えて少ししてから、食事が喉を通らなくなり、じょじょに横になる時間が増えました。
3月終わりには再度入院。
気管切開の手術をし、食事を胃から直接とるように。
話すことが難しくなり、動きも鈍くなりました。
そして、メンタルな面でも少しづつ変化が。
恐怖観念に襲われたり、夜動き回ったり。
会話がかみ合わないことも増えました。

4月下旬に退院し、自宅で訪問看護や医師による訪問治療で生活し、5月中旬からは寝ている時間や徘徊の回数が増えました。
6月には知らない間に外出する頻度が増え、家族が探したりする時間が増えました。
時には朝早くに我が家のチャイムが何度も鳴り、起きてみると目の前にタクシーが。
外出したのはいいけれど、道がわからなくなりタクシーで戻ってきたとのこと。
この時期、家族で何度も話合ってはもめるようになりました。

6月下旬。例によって我が家に連絡あり。上の子のお迎え直後に車で探しに行くと、家を出た直後に滅多に来ない救急車のサイレンが。
後を追っていくと父が血まみれでタンカに運ばれていました。
そのままかかりつけの病院へ。
この日は思ったよりも軽症だったので手当てをして帰宅。
それから2日後には1人では動けなくなり、兄と夫2人に肩を担がれ病院へ。
そのまま入院。余命を宣告される。

退院後の生活を家族で話し合う。
夜中まで話すこともしばしば。それでも答えは見つからない。
小さな子供2人持つ私が介護を積極的に出来るわけもなく、動くことの出来ない自分が歯がゆい。
夫と、出来る限りのサポートをしようと話し合う。

入院してから2日後、初めて父の兄弟に容態を伝える。
次の日、予告なく関西から叔父と叔母が病院を訪ねてくる。
家族はもうパニック状態でした。
他言無用とずっと言っていた上で連絡をしたことや、突然の訪問に自分の容態に気づくのではと・・・。
父の希望もあり、宿泊してもらって今後のことを話し合った。

退院前々日。家族全員を我が家に呼び、今後のことについて話し合う。
お互いの役割分担を明確にしました。
話し合いの結果は、私にとって受け入れたくは無いものだったが、メインで介護できないことから意見を言えなかった。

無事退院。自宅にて療養中。

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結局、家族での話し合いの結果は、ホスピスへ行ってもらうこととなりました。
ホスピスとは、病状を「緩和」ケアをしてくれる病院。
治療をすることなく、延命することなく、ただ痛みから開放してくれる場所。
まだ面談の結果は不明で、父の了解も得ていないけれど。

父は自宅に帰ることをすごく望んでいた。
最後の入院前、「入院は絶対にないから病院へ行こう」と嫌がる父をむりやり連れ出し、しんどい体にムチうたせて病院へ行き、結局入院の選択しかなかった。
そして退院してきてすぐに「入院」の話。
私はきっといつまでもこのことを背負って行くと思う。
私は本当に無力です。

マンガやドラマのような感動的なものなんてほとんどない。
現実は、常に究極の選択を迫られている苦悩の日々。

ただ今は少しでも多く孫を連れて行き、穏やかな日々を過ごしてもらうことが私の役割だと思ってます。
そして同じことを繰り返さないように検診に必ず行くことを心に決めました。

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