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2013年03月24日 (日) | Edit |
3月20日。この日は結婚記念日。
満9年。そして10年目のスタートです。
23歳で結婚し、かずまが生まれ、家を建て、まひろが生まれ、父が他界し、そしてとうまが生まれました。
ホントにあっという間の時間。

そして実は今年後厄である私…。
正月を迎えたその日にお義父さんのガンが発覚。
幸いにも早期発見だったために、内視鏡での手術に成功。
現在は経過観察。
そして、3月入ってすぐにお義母さんが脳梗塞で緊急搬送。
やはり早期に救急車を呼んだためか軽症で済み、1週間ちょっとの入院を経てリハビリ兼ねての元の生活。

とうまを本厄の年に出産し、厄落としは出来たと思っていたのだけど…。
正直ショックです。
特にお義母さんは2月の終わりにとうま1歳のお祝いで元気な姿を見ていただけに落ち込みました。。。

今は軽症で済んだのは厄落としできてたからだと信じ、落ち着いてからまた遊びに行く予定。
元気なうちにいっぱい子供たちの顔を見せられたらなと思ってます。


さて…節目の結婚記念日のお祝いを今年するか(10年目)、来年するか(満10年)で話した結果。
両方しようと(笑)いうことで、電車に乗って横浜で食事をすることにしました☆
子供たちも喜ぶパスタとケーキの食べ放題のお店で、味も悪くなく、何より子供3人を食べさせながら自分たちも満足に食べれる場所なので即断でした(^-^)。

食事では穴場な時間の3時ぐらいを目安に出発し、2時半頃に目的地へ到着。
が…祝日のせいかこんな時間でも混雑していて、30分以上待たないと入れないとのこと。
食べ放題なのでお昼を食べずにおなかを空かせていた子供たち。
30分も待っていたら怪獣に変身しそうなので(笑)、仕方なくすぐに入れる隣のビュッフェレストランへ。
これが失敗の元でした…。


予定していたお店のキッズチェアは固定しなくてもすっぽりはいって抜けれなく、かつテーブルに届きやすいので1人で2人を見ながら食事ができたんだけど、急遽入ったレストランは普通の子供イスしかなく(愚図ると落ちる)、座席も4人席+お誕生席だったのでマヒロだけ子供イスにし、トウマはベビーカーで食事をすることに。
食事を取りに行く場所は20m近くある上に、お隣のテーブルとも近くてチビちゃんずがグズるたびに神経キリキリ…。


トウマは普段と違い、テーブルがまったく見えないのでご機嫌が斜めで持たせていたスプーンは何度拾っても投げまくり、その度に「カーーン」と響く音。
あわてて携帯のおもちゃに変えたけどもっと大変。「ガッチャーン」と音が大きくなっただけ(笑)。
カズマは新しいお店でいろんなメニューを食べたいからと、何度も何度も取りに行きたがり、大好きなヤングコーンと枝豆を大量に持ってきて、他が食べたくなり大量に残した状態でギブ(笑)
残ったものをたかちゃんとお互い押し付け合いながらなんとか終わらせたけど、これはある種耐久レースのよう??


更に更に、ちょうど時間的に食事の切り替えタイミングだったらしく、サラダをよそったらドレッシングがない、ラーメンを作ったら(湯がいて自分でカスタマイズできる)薬味が全然なく「素ラーメン」に(笑)
ちらし寿司をよそったら置いてあった時間が長かったのか、マヒロは全部リバース(泣)。
90分の食事の中でドラマがたくさんあり、満腹になったのは時間が経過したせいかと思うほどげんなりでした…。
食事にあんまり文句をつけないたかちゃんが「次は絶対予定していた店にしよう」と断言していた程。


食事が終わったら下の階に降りて子供服フロアをウィンドウショッピング(笑)
たまたま覗いたGAPで激安の子供リュックを見つけて購入。
これで私の中では食事のことがチャラになってましたw自分てホント単純だなぁ…。


帰りの電車は意外と混んでいて、ベビーカーにマヒロを乗せ、トウマはたかちゃんが抱っこ。カズマは私の靴の上に座っての帰宅でした。
次はもうちょっと楽に食事が出来るとこにしたいなぁ…。


10周年は「錫婚式」というそうです。
錫のような軟らかさとを美しさを持った夫婦関係という意味らしく、それに近くなれるよう努力していこうと思います~。
喧嘩が少なく皆が笑顔でいっぱいで過ごせるといいな。
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2011年07月08日 (金) | Edit |

この一年、いろんな思いや子育てに追われ、精神的にも厳しく苦悩の日々でした。
もちろんこれからもですが。
ここで書くことで何かが変わるわけではないけれど、私自身覚えておくために日記として残します。

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一年前の6月13日。次男を出産。
それから3日後に父は医師に「ガン」の宣告をされました。
次男の一ヶ月検診の前日7月12日に入院。
それから4ヶ月の長い病院生活を送ります。
その間、子供達を連れ3日に1度は顔をだし、下の子を抱いてもらっていました。
子供を連れて行くと幾分か表情が穏やかになっていた感じがします。

その後、放射線治療の効果を観察するために退院。
治療の副作用で髪の毛は抜け、味覚がわからなくなりました。
何を食べてもおいしく感じないらしく、一緒に生活していた中で見た事も無い食生活になっていきました。
焼きそばに菓子パン、アイスクリームにジュースetc
それでも食べれていた姿は今思えば幸せに感じます。

その後、腫瘍が残っていることが判明し、サイバーナイフという部分的に放射線を当てる治療を勧められました。
副作用として命の危険もあるけれど、体に負担が一番少ない治療だと。

肺炎にかかり治療前日まで入院したけれど、無事治療を終えました。
治療最終日がちょうど3月11日。震災当日。
車で1時間半かかる病院へ行ったまま連絡が取れず、神経をキリキリさせながらずっと帰りを待ちました。

サイバーナイフの治療を治療を終えて少ししてから、食事が喉を通らなくなり、じょじょに横になる時間が増えました。
3月終わりには再度入院。
気管切開の手術をし、食事を胃から直接とるように。
話すことが難しくなり、動きも鈍くなりました。
そして、メンタルな面でも少しづつ変化が。
恐怖観念に襲われたり、夜動き回ったり。
会話がかみ合わないことも増えました。

4月下旬に退院し、自宅で訪問看護や医師による訪問治療で生活し、5月中旬からは寝ている時間や徘徊の回数が増えました。
6月には知らない間に外出する頻度が増え、家族が探したりする時間が増えました。
時には朝早くに我が家のチャイムが何度も鳴り、起きてみると目の前にタクシーが。
外出したのはいいけれど、道がわからなくなりタクシーで戻ってきたとのこと。
この時期、家族で何度も話合ってはもめるようになりました。

6月下旬。例によって我が家に連絡あり。上の子のお迎え直後に車で探しに行くと、家を出た直後に滅多に来ない救急車のサイレンが。
後を追っていくと父が血まみれでタンカに運ばれていました。
そのままかかりつけの病院へ。
この日は思ったよりも軽症だったので手当てをして帰宅。
それから2日後には1人では動けなくなり、兄と夫2人に肩を担がれ病院へ。
そのまま入院。余命を宣告される。

退院後の生活を家族で話し合う。
夜中まで話すこともしばしば。それでも答えは見つからない。
小さな子供2人持つ私が介護を積極的に出来るわけもなく、動くことの出来ない自分が歯がゆい。
夫と、出来る限りのサポートをしようと話し合う。

入院してから2日後、初めて父の兄弟に容態を伝える。
次の日、予告なく関西から叔父と叔母が病院を訪ねてくる。
家族はもうパニック状態でした。
他言無用とずっと言っていた上で連絡をしたことや、突然の訪問に自分の容態に気づくのではと・・・。
父の希望もあり、宿泊してもらって今後のことを話し合った。

退院前々日。家族全員を我が家に呼び、今後のことについて話し合う。
お互いの役割分担を明確にしました。
話し合いの結果は、私にとって受け入れたくは無いものだったが、メインで介護できないことから意見を言えなかった。

無事退院。自宅にて療養中。

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結局、家族での話し合いの結果は、ホスピスへ行ってもらうこととなりました。
ホスピスとは、病状を「緩和」ケアをしてくれる病院。
治療をすることなく、延命することなく、ただ痛みから開放してくれる場所。
まだ面談の結果は不明で、父の了解も得ていないけれど。

父は自宅に帰ることをすごく望んでいた。
最後の入院前、「入院は絶対にないから病院へ行こう」と嫌がる父をむりやり連れ出し、しんどい体にムチうたせて病院へ行き、結局入院の選択しかなかった。
そして退院してきてすぐに「入院」の話。
私はきっといつまでもこのことを背負って行くと思う。
私は本当に無力です。

マンガやドラマのような感動的なものなんてほとんどない。
現実は、常に究極の選択を迫られている苦悩の日々。

ただ今は少しでも多く孫を連れて行き、穏やかな日々を過ごしてもらうことが私の役割だと思ってます。
そして同じことを繰り返さないように検診に必ず行くことを心に決めました。

2006年12月16日 (土) | Edit |
お昼過ぎから地元唯一の牧場「関口牧場」に行ってきましたよっ!!!
前回行ったときは月曜日で定休日だったので…_| ̄|○|||
今回はきちんと4時前に着くように行きました~。
で、前回寿真くんはぐっすり寝ていたんだけど…今回ソフトクリームの匂いで(?)起きちゃいました☆
そしてちょびっとだけソフトクリームをおすそ分け(笑)。
あまりの量だったのでたかちゃんと二人で一つを購入。
おいしかった(*´ェ`*)
でも、私的には川崎で食べたマザー牧場発(だっけ?)ソクトクリームのが好みでした♪
さて、牧場のメインはアイスの他に動物♪
かなりおっきい牛と羊、山羊に豚に鶏まで。
一番近くで見れるのが牛。
ホントに巨大です。私でも。。゙(ノ><)ノ ヒィ ってなりますから…。
アイスを持ちながら牛に近づいたせいか、舌をべーろべろ出してきました。
当然私は背を向くわけで…。

ジャンパー舐められちゃいました!!!

粘り気のあるよだれでべとべとのジャンパー…。
それでもソフトクリームは死守!!!
寿真くんはその牛が特に怖かったらしく、近づけるだけで泣いちゃって…。
最初が悪かったのか、羊→山羊→豚の順に見せていって、どれも見ようとしませんでした_| ̄|○|||
やっぱまだ早かったかな??
でもまぁ、こういう経験も大事だもんね!
また春になったら来ようね♪
2006年10月24日 (火) | Edit |
風邪ひいちゃいました_| ̄|○|||
鼻水・くしゃみ・のどの痛み。
まるでCMの決まり文句みたいな症状です(笑)。
でも笑ってられないのが寿真への感染。
一日中一緒にいる分気をつけなければ…。
防護の為にマスクをしてたんだけど、寿真くんはこれが気に入らないみたいでイヤそうな顔をするorz
やっぱり顔の半分が白い布で覆われてるのは怖いのかな?
結局マスクを取っちゃいましたよ(ひっぱられて辞めたってのもある)・・・。
土曜日の長距離運転の疲れがまだ残っているのか、体のあちこちがギシギシして痛く、久々ゆっくり寝たいな~って感じです。
といっても寝れるわけないんだけどね_| ̄|○|||
一日8時間寝れる日がいつか来るんだろうか…。
2006年10月23日 (月) | Edit |
しばらく鬱状態が続いていて、何をやるにも気力が沸かない日々でした_| ̄|○|||
何を食べても満腹感が湧かなくて、ひたすら食べていたような…。
そして胃がぱんぱんに膨らんでストップさせていた。
後からくる胃の痛みは半端なく、頭痛もずっと続いて…。
どうやらせーりの前にその傾向があるみたい。
携帯のメールや新聞の細かい文字を見て気分が悪くなり、たかちゃんに代わりに打ってもらうこともしばしば。
病気が発症してもう3年以上経ってるけど、その後遺症はまだあったんだなと実感。
パニック障害はもう気にすることもないぐらい回復。
けど鬱は未だ治らず。
自分が今どういう状態なのかを人に伝えたいのにうまい言葉が出てこなくて、結局自分で落ち込んでそれの繰り返し。
いつになったらこれがなくなるんだろう。

寿真はだんだんと自我が発達し、自分の持ってるおもちゃなどを取り上げると怒り出す。
もちろん取り上げるのはおもちゃではなく、新聞の広告だったり、小太郎のおもちゃだったりだけど(笑)
そして階段も2段登れるように。
ゲートを開けてるのはホント危険になりました。
お昼寝はあいかわらず午前午後の二回で、夜は早くて7時半、遅くても10時には寝るようになりました♪
眠くなると力が出ないのか、いつもなら簡単に手を伸ばせるテーブルも頭をぶつけておお泣き。
大抵それでベッドへ直行なのですorz
下痢をしていたこともあり、9ヶ月に入った今もまだ2回食。
焦ってまた下痢がぶり返すのはイヤなので、11月上旬ぐらいから3回食にしてみようと思ってます。
近頃は自分の読みたい本を棚から落とし(笑)、食べたりいじったりして読んでのアピール。
よく本を読みますw
5,6冊しか赤ちゃんの本は買っていないので、すぐに一周しちゃって飽きるのは私だけ(笑)。
読み聞かせって自分の我慢比べでもあるな~って感じました。

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